2015/11/15

硝子体と白内障の手術

去年5月に左目の急性網膜壊死を患って1年半
後遺症で7月より黄斑前膜で網膜の上にうにょうにょした膜が貼りだして、歪みも出てきてまたもや見えにくくなりました。

メガネをかけてかなりの至近距離でないと字も読めないようになり、仕事にも支障が出てきたため、手術することに。
先生はいつでも良いと言ってくださったのですが、できるだけ早く年内にとお願いしました。
手術は硝子体の膜をはがすのが目的だが、術後4日間はうつぶせでいなくてはいけないことと、白内障を併発してしまうので合わせて白内障の手術も同時にするという説明でした。
かなり不安ではあるが、やるしかない。


10月30日に入院 手術は11月2日なので3日間は特にすることもなく、持ってったラジオでFM聞いたり、手術後はしばらく本も読めないだろうと、病院にある本を片っ端から乱読
同室の白内障の手術の人は一時帰宅していきました。

始めて助手に診察してもらう。息子と同じくらいの若い先生なのでつい言いたいことを言ってしまいます。
これまでの経過と状態を説明。なんか会話がちぐはぐだけど大丈夫か?
あとで看護師さんに聞いたら、この助手も外来診察はしてないが眼科医で3年目だと言うことでした。

そして11月2日当日
この日は手術がかなりたてこんでいて、たぶん朝から10人以上はいるようでした。
私は午後の2時半から。2時間前から散瞳の目薬を15分置きにさしていきます。
すでに3日前から2種類の抗生物質の目薬をさしているので慣れているのですが、中には目薬がウマくさせない患者さんもいるようで、そうなると看護士さんの手がまわらなくなって慌しくなります。うちとこの病室はその点みな優秀だそうな。

時間を過ぎても呼びに来ないので、大勢いるので時間がかかってるのだと思いました。
30分遅れで呼びに来たので、車椅子に乗って5階の手術室へ
去年やってある程度勝手はわかってはいるものの、途中で咳が出たらどうしよう、地震が来たらどうなるんだとか、かなりドキドキ

手術室には助手と主治医の先生はじめ5,6人が待機
大掛かりが機械が3台ほどにいろんな器具やら用具があり、狭い手術台の上に仰向けで寝ると、血圧計と心電図を測るのも装着され体全体にカバーが掛けられる。その上からさらに左目だけ大きく窓のあいた顔を覆う布を掛けられいよいよ開始
黄色い消毒液でまぶたの裏側までぐわしぐわしと洗われ(同室の人はまるでデッキブラシでこすられてるようだったと表現)イテテテと思ってる間にテープでまぶたを固定されさらに器械でガッチリまた固定される。2重のロックがかかってまばたきはどうやってもできない状態。とはいえ常に上からうるうるした水が供給されるので問題ありません。

目の奥に麻酔が注射され、明るいライトの中に機械が映し出され、まずは水晶体を粉砕乳化してレンズに入れ替える作業。このときの状態はあまり覚えてないが、横にいる助手の手が私の口の上に乗っかって重いよ~(同室の人も顔に助手の手が乗ってきて、と話してたので後でさんざん笑い話のネタにしました)
15分程で白内障の手術が終了
続いて目の奥の膜を取ります、と主治医の声
糸か髪の毛ぐらいのファイバースコープみたいな管が見え、還流水が墨流しのように流れてくると、別の管からピンセットのようなものが上下するのが見えて膜を取り除いているのが分かりました。
心臓の音がずっと聞こえているのですが、さっきより落ち着いてきたのか、心拍数は130ぐらいかなぁとか考えていました。目の中のリアルと外界のリアルが同時に体感できる・・不思議な感覚です。
膜は簡単には全部はがれなくて、何度も何度も網膜ギリギリまで細かくはがしていくのでかなり時間もかかりました。
最初見えてきたピンセットも出血して目の中がほぼ真っ暗になるとほとんど見えなくなってしまいましたが、顕微鏡をのぞいてる先生にはわかってるのでしょうか、まるで微細な模型のはく離作業でもしてるかのように、じくじくと作業をすすめていきました。
最後にレーザーで弱くなった網膜の部分をとめ
1時間ほどで手術は無事成功
「膜はきれいに取れましたよ」の言葉に思わずホッ
その後、目の中の状態を助手に説明
「ここのところなぜ削らなかったか分かるか?」
いまどきの助手は考えることもなく
「わかりません」と即答 (おい)
「ここを削っちゃうと将来オイルがもれてきてあまりよろしくないのだよ」
(え?オイルって・・まさか私の目の中にはオイルが注入されてるのか?そりゃ重症だな)
「すごいなぁ・・・網膜が溶けちゃうんだなぁ」「そうですね」
(げ!網膜溶けてる? 大丈夫なのか?見えるようになるのか?)
あとで考えたらこれは1年前の時のものだったようで、びっくりしたわ~

「せ、先生!難しかったんですか?」と思わず言ったら
先生は別に問題ないといったふうに
「あ~そうですね。だいぶ網膜も腫れてましたしね」

病室に戻り2時間は安静です。
硝子体にガスを注入する場合は網膜はく離の危険があるためで、ガスの浮力によって網膜を押し付ける必要がありうつ伏せ寝をしなくてはならないのですが、私はうつぶせでなくても良いと言われました。
せっかくドーナツ枕まで用意してったのになぁ
後で「先生、メンクリの中は何が入ってるのですか?」と聞いたら体の中にある水分と同じものです。と答えてくれました。生理的食塩水のようなものかな。 

安静後夕食 眼帯はしてるものの特に痛みもなく食欲は旺盛
翌朝、看護士さんが目を洗いに来てくれました。目やにと出血でどろどろ状態だったのでいくらかスッキリ
ぼんやりと遠くの看板が見えます。かなりビルなんかは歪んで見えるけど、これは1年かかるって言われてるから仕方ないかな。予想どおり

2日目はかなりくっきり見えた遠くの山も夕方からはぼんやり
眼帯は2日目でもう外して良いと言われました。

1週間目で退院 視力は0,2ぐらいか 同室の白内障の手術をした人ははっきり、くっきり見えるそうな。
私は硝子体の手術もしたから仕方ないのよね。
退院した翌々日から洗髪と洗顔

白内障の手術をすると自分でピントあわせはできないので、老眼鏡をかけるしかないのだけど、1週間目では中間は見えるものの遠くと手元はぜんぜんおぼつかない状態
パソコンの青い字や薄い字などは見えづらく、予想以上に見えなくてかなりガッカリでした。

これじゃぁ仕事復帰はとうていムリだなぁ~
暗澹たる気持ちで視力が安定するのは2週間後という言葉をたよりに、それまで待つことに

「先生、見えません。」
「まだ1週間なので、とにかく頑張って見てください。」
頑張って・・・ この表現はモノを見るということに対して適切なのか?とか疑問を感じつつも思ったのは、自分でもある程度努力しないとダメだということでした。

決められたとおりに目薬をさし、毎日2時間のウォーキングをしつつ、できるだけ遠くを見る練習や、眼筋をきたえるべく目玉をぐるぐる動かしたり遠くと近くを交互に見たりして考えられることをいろいろ試しました。

そして今日で2週間
ようやく霧が晴れたようにパソコンも支障なくできるようになりました。

今後はどこまで回復できるか分かりませんが、まずは山は越えたようです。
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