2011/11/24

落語界からまたひとつ

「談志死んだ」
こんな回文の見出しが躍っていました。

ショックとか惜しい人を亡くしました、という単純な言葉では説明できないほど、まさに言葉を失ってしまった感じです。
ちょうどキヨシローが亡くなった時の感じに良く似ています。


すごくファンだったというワケではありません。
ただあまりの奇才ぶりと変人、わがままっぷりにもしもこんな人が上司だったら
絶対に‘上司になって欲しくないタイプNO1’にあげたくなるような人だな、と。

その辺りは弟子の談春による「赤めだか」にも良く描かれています。

ただどうしてこんなに人気があるのでしょう。
談志は天才だとか、談志でないとダメだという根強い強烈なファンが多い。
特別面倒見が良いとか、指導が上手とか、暖かい人柄とかそういうところからは程遠いと思えるのに、弟子がやたら優秀

本人の記憶力がめっぽう良かったのと頭の回転がやたら速いので、弟子にもあんな無謀な課題を与えたんではないかと思うほど。

それでもくっついていきたがる人が多いのはそれほど魅力がある人なのでしょう。



興味深いのは芸風も環境も全く違う、桂 米朝さんとも交流があったこと。
破門されたにもかかわらず小さんにも可愛がられたこと。

私自身は桂 米朝さんの大ファン
たぶん米朝さんのおおらかな人柄と包容力にうまく甘えるのが上手だったのかも。
米朝さんの噺はどれも景色が見えてくるというか、壮大で楽しい。
上方独特の雰囲気がありながらケバケバしくなく、しっとりとしていて大好き

若かりし頃から「米朝上方落語選」上下2巻を大事に何度も何度も読んでは風景を思い描いては楽しんでいた。
米朝さんはまた他の落語家さんや文人との談話なんかも載せてるのですが、そのひとつひとつが興味深く引き込まれてしまいます。

米朝さんが突然訪ねてきた談志を快く迎えたばかりか、お互いに興が乗って場所を変えてついお互い話し込んだ、なんてエピソードが載ってたので、この二人だったらそうなんだろうなぁ、楽しかっただろうなぁ、と想像できてしまうのです。


落語界からまた期待の星がひとつ消えました。
それは良くも悪くも‘何かやってくれそう’‘面白そう’という期待でした。

もう今はとにもかくにも米朝さんには長生きしてもらって、生き証人のようにいろんな話を聞かせて欲しい、とそればかりを願わずにはいられません。







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