2016/01/17

のようなもの のようなもの

ついにずう~っと待ち続けた映画「のようなもの」の続編「のようなもの のようなもの」を観てきました。
暮れのドラマ「赤めだか」に続いての落語ネタ

なにしろ前作は1981年というから35年も経ってるのだけど、あの映画は衝撃だった。
奇をてらうでもなく、感情をぶつけるでもなく、ただあの情景がみずみずしく切なく甘酸っぱく迫ってくる。
特にふたつ目のしん魚(とと)が落語を酷評されふられたあげく夜中に堀切から浅草までを道中づけしながら「しんととしんとと」と合いの手を入れながら歩くシーンは、今でもありあり思い出されてきます。

道中づけとは道々地名や看板など目に見える風景を説明しながら行く手法なんですが、まあ自転車日記なんかもにたようなものでしょうか。

特に夜明けの浅草の風景が美しく東京がステキな街に思えてしまいます。
まぁ、あの頃は自身の感性もまだ若かったということなのでしょう。
場末の劇場で見たつかこうへい作の「飛竜伝」にすら感激してたくらいですから。

でもとにかく嬉しかったのは、あのときの俳優さんがそのまんま同じ配役で出てたこと。
相変わらずの栃木弁丸出しの伊藤克信さんがしん魚で新しく弟弟子が松山ケンイチさんがしん田で
でんでんの気まずい雰囲気のときの長い沈黙の演技とか、ご高齢であるにもかからわず内海桂子師匠がちょうど良い間合いで客席から「寝てんじゃないよ!」と掛け声をかけてしん魚の背中を押すシーンとか・・
北川景子のおきゃんな下町娘も良いし、最後のしん魚の高座で演じた噺の中にも道中づけに似たシーンが出てきて、ここまできたらもう泣きそうになってしまいました。
他には尾藤イサオも前作から、今作では師匠となって主題歌も歌っています。

そういやぁ映画の中でおかみさんが「私は生で志ん生の‘火焔太鼓’を観たんだよ」と自慢してましたが
私も生で新宿で桂子師匠を観ましたよ。当時は内海好江さんもいて若くてきれいでしたね。
お亡くなりになってホントに残念です。桂子師匠にはその分もっともっと長生きして欲しいものです。

さて、その後はちょうどしん魚の創作落語「出目金」ではありませんが、ドリプラではタイムリーなことに、金魚のアクアリウム展覧会をやってまして、それも見てきました。

その後はさらに久能山東照宮まで行ってお参り
久能街道を過ぎますと、市街地から約5km大浜街道に進路をとります。
以前はあったユニクロの建物がABCとかいう靴屋さんになり、マキヤはエスポットに変わりました。
大浜街道からなおも国道1号線を横切りますと、駒形通りには昔懐かしい銭湯があり、新通り、本通りと抜けますと、番町通りに入ります。・・・
自転車での道中づけとはこんなもんでしょうか おそまつ
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